1934年日米野球 開催地 1戦目 1934年 11月4日 明治神宮野球場

唯一の得点となった関口慶一郎の生還、それを迎え握手を試みる捕手のバーグ。バーグは日米野球期間でスパイ活動にいそしむことになる

スコア

日米野球の第1戦。全米軍と対するは東京倶楽部。このチームは六大学野球リーグに在籍していた人物のみが入団できた特殊な陣容のチーム。その分陣容も豪華であった。

全米東京俱楽部
マクネア
ゲリンジャー本郷
ルース片田
ゲーリッグ永井
フォックス井川
エヴィレル宮武
ミラー窪寺
バーグ手塚
ホワイトヒル高橋
両軍先発メンバー

東京倶楽部の面々は戦前職業野球に参加したメンバーも見受けられるが、実力差はあまりにも大きかった。全米軍は13安打の内3本が二塁打。日本側は制球も定まらず与えた四球も相当なものであったが、アメリカからの旅程の疲れが出たのか、高齢のルースは1安打に終わり、クリーンアップを任されたゲーリッグとフォックスは安打が一つも出なかった。

この試合のMVP、アメリカ風にいうとplayer of the game POTGはホワイトヒル。投げては完投して1失点に抑えながら、本領は打撃と言わんばかりに猛打賞を記録。3安打と1四球で全打席出塁を達成している。野球雲メルマガで以前取り上げたこともあったが、打力を備えていたホワイトヒルはこの日米野球では投打に大活躍することになる。

日本側の注目すべき選手は本来であれば宮武三郎、永井武雄、片田宜道といった二刀流として大活躍した往年の六大学野球のスター選手だったが、この試合では宮武が意地の1安打を見せたが先述のメンバーは振るわず。

しかし1番打者で後に職業野球でも選手、監督として活躍する桝嘉一が2安打、途中出場の関口も2安打を達成した。

いくら大学で名をはせた名選手を集めても全くと言って通用しなかった東京俱楽部。しかしその玉砕振りを責めることはできない。

普段は社会で労働活動に精を出し、終業後のわずかな時間、ヘロヘロの体に鞭打ち練習をしていた東京俱楽部の奮闘はむしろ称えるべきであろう。

というより、普通にうらやましい。

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